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入院体験記 その9

翌朝、目を覚ますとまだ病室が暗い。いつもそうするように、iPhoneのスリープボタンを押す。4時50分。なるほど、眠剤が切れたらしい。もう一度眠ろうとするが、できない。無理やり眠るための薬の効き目が終わってしまったのだから、当然といえば当然か。例の遊びをしようにも、早朝から出会い厨に精を出している者もなかなか居ないだろう。ならば、と青い鳥さんアイコンを押して気付く。TLが流れない……。もはや何もできることはない。まさしく生ける屍。今夜からは眠剤を増やしてもらおう。起きていてもだるいだけなら、なるべく長く眠っていたい。

この日は夕方にCTスキャンの予定が入っていた。ステロイドパルスが効いているか様子を見るそうだ。効いているという実感はほとんどない。顔の違和感を苦にしなくなってきたが、治っているからなのか痺れに慣れたからなのか自分では判別し難い。違和感があるのは確かだ。逆に副作用はしっかり体感している。以前述べたように、平熱が上がった。私の平熱は35.8℃くらいだったのだが、パルス療法が始まってから37℃台になった。

兄から見舞いに来てくれると電話があった。いつも仕事で忙しそうにしているし、なかなか休めないと聞く。それに、兄弟仲が特別いいという訳でもないので、正直とても意外に感じた。多少高いものでも買ってきてくれると言うので、防水のBluetoothイヤホンを頼んだ。今ちょうどイヤホンが必要だし、退院できたらジムで使いたい。快諾してくれた。

イヤホン兄は昼過ぎに来た。病気だからといってあまり慌てたり騒いだりしないでくれるのがありがたい。兄も幼少期に難しい病気を患っていた時期がある。病人がされて嬉しいこと、嫌なことはよく分かっているのだろう。「仕事休んで大丈夫だったの」と聞くと、「お前のおかげで休めたわ」と。こういうさりげない優しさに私はすごく弱い。

兄は就職以来「毎月労基法ギリギリまで残業をし、ものすごい稼ぐ」という、モーレツサラリーマン的ライフスタイルを続けている。私生活を優先したい私にはあまり理解できない物であったが、今なら理解できなくもない。お金はいっぱいあるに越したことはない。忙しい中、遠路はるばる見舞いに来てくれたのは兄の優しさにに違いない。しかし、それに見合う財布の余裕がなければ、いきなり新幹線で来るフットワークの軽さも、見舞いになんでも買ってきてくれる気前の良さもなかっただろう(もちろんモノや金額が大事と言うつもりはないので誤解なきよう)。気持ちを形にできる程度にはお金がなければ、将来、自分の満足以外の部分で歯がゆい思いをしそうだ。私も頑張らなければ、と、イヤホンを見て思う。会社への文句は言わせてもらうが。

イヤホンのおかげで、病室でAmazonプライムNetflixを見られるようになった。これで「何もできない」という状況は回避できる。むしろ、あてどない自由時間をインプットに使うことができるようになった。ありがとう兄貴、やっとシャークネード見られるよ。入院中に見た作品のレビュー、または推薦プレゼン記事は気が向いたら投稿したい。

夕方、CTスキャンへ。MRIと似ているが、CTは放射線MRIは磁気で撮影するらしい。同じように寝かされて機械の中に送り込まれていくのだが、MRIの時と違ってイヤホンから音を聞かされるということもなく、数分で終わってしまった。身構えるほどのものでもない。起き上がってスリッパを履き、2歩進んだところで――目の前が真っ暗になった。立ち眩み。咄嗟にさっきまで寝ていた台によりかかった。相変わらす髄液検査を引きずっているのか。すぐに検査技師が肩を貸し、CT室の外の椅子まで運んでくれた。大事をとって、病室まで車いすで運ばれることに。小学校の「総合」でお年寄り体験だか障害体験だかをした時以来、十数年ぶりに車いすに乗った。運ばれるのは意外と快適であった。病院がバリアフリーに作られていて、段差がほとんど無いからだろう。

 

夜のバイタルチェックの時は体温が38℃を超えており、氷枕を貰った。入眠する前にぬるくなってしまったが、こちらから何も言わずとも、消灯前に担当看護師が交換してくれた。こういう、「言われる前にやる」という気配りは毎度感心してしまうのだが、そういう気配りは資格を取るときに学校で習うのだろうか。本人が自ら考えて判断しているとしたら頭が上がらない。いや、マニュアル通りだとしても頭は上がらないが。自分の担当の人は皆心配りが行き届いていて、大変ありがたかった。