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入院体験記 その6

病床で迎える2度目の朝。起き抜けに視界に入る、ただただ白い天井には、10cmほどの直径でゆるやかに、くるくると二回巻いた鈎が二等辺三角形を描いて配置されている。判然としない意識でそれを眺めつつ、何に使うのか考えていた。機材やら点滴やらを吊るすのだろう、という結論に落ち着いた。こうして横になっているうちは別段苦痛はない。昨晩の通話中に味わった頭痛が嘘のようだ。相変わらず汚れた視界、痺れる顔、表情を動かすと走るつっぱり感。しかし、手で触れて確かめると動きは問題ない。色々試し、己の体調を確認しながら横たわっていると、朝食が運ばれてきた。

心なしか重たい体を持ち上げ、テーブルに向かい、食事を始める。前回述べた通り、素朴ながら不味くない病院食。しかし、ゆっくり噛み締めて味わうほど代わり映えするメニューでもないので、素早く、黙々と体内に取り込んでいく。すると、少しずつ、じわじわと頭に痛みを覚えた。後々わかったことだが、これが腰椎穿刺に伴う頭痛だったらしい。

髄液を抜くと脳圧が大きくなるか小さくなる。どっちだよ。脳圧という語の定義からしてわからないので許してほしい(これを本格的ノンフィクションに書き上げる気が起きたらこういうアバウトな記述は削っていきたい)。とにかく、脳に未知の負担がかかる。拍動に合わせて痛むタイプではない、じわじわとした、それでいて全方向から押されているような想像を絶する頭痛である。横になっているときは平気だが、立つ、座るなどすると途端に猛烈に痛くなる(これを「縦になると痛い」と表現したら看護師は笑っていた)。この先暫く、歩けない=病室から動けない、座れない=明かりを取って本を読むことができない、というスマホしか選択肢がない状況、さらに困憊から自棄に至った精神が私禁断の遊戯へと誘うのだが、それはいずれ別の記事で紹介する。

 

この日最初の検査は「筋電図検査」。刺激に対する脳の反応を記録するというものだ。同じ刺激を繰り返し、電位の変化を記録したグラフを重ね合わせることで、微弱な反応をよく見えるようにするとのことだ。電位を記録するということは、つまり電極をつけるということである。頭、首の角質を軽く紙やすりで削り、電極を装着した。ハゲないかと尋ねると検査技師は苦笑していた。こんな状況でもハゲを心配したのは、余裕を見せて自分を奮い立たせるためなのか、本当に心配だったのか。後者な気がする。

視覚の検査のため、肘掛け付きの椅子に座らされ、モニターに映される、丁度チェス盤のような白黒の格子模様の色が反転するのを注視させられる。頭から電極のコードが延び、白黒画面がチカチカ切り替わる……。事情を知らない者に見せたら人体実験と言っても信じそうな、いかにもSFチックな風景だ。「時計じかけのオレンジ」的な。しかし私は人格改造を免れた。あまりの頭痛で検査を続行できなかったのである。これまで生きてきて注射や検査で痛みを訴えたことは無かったが、この時は「不快感などありませんか?」という質問に、「痛い、痛いです……我慢できません……」と情けなく呻いていた。それほどに髄液を抜いたあとの痛みは凄まじかった。

検査技師が気を利かせ、寝ていてもできる検査に切り替えてくれた。診察台に寝かされ、背中と腰に電極を加えられる。視覚検査の腰を折った負い目から、せめて協力的であろうと自らパンツをずらしたが、今思うとこの積極性は全く意味不明だ……。そして電極からリズム良く電流を流された。30分程この検査のため横になったお陰でかなり楽になり、自力で検査室を後にすることができた。

 

病室に戻り暫く休むと、IQテストを受けることに。私がこの世の終わりの如く高次機能障害を恐れていたことを配慮されたのかもしれない。内容はまさに小学校で新学期に受ける知能テストのような問題ばかりだった。個人的には絵柄の規則性を当てる等の問題より、「10分前に覚えさせられた5つの単語を覚えたのと逆の順番で読み上げる」などの方が手強く感じ、その手の口頭だけで答える問題をうっかり間違えてしまわないか戦々恐々としていた。尤も、抱いていた不安とは裏腹に結果はかなり良好で、現時点で頭が悪くなっているなどの心配はしなくてよい、とのことだった。